人生は何歳からでも選び直せる。還暦の私が女3人でオアハカへ踏み出した一歩

本日もお疲れさまです!

こんにちは オレゴンから ゆみです 

おかげさまで、今日も元気でやってます。

今年、還暦を迎えた私と50歳という人生の節目を迎える友人。

そして、新しい人生を歩き始めた40代の友人。

そんな3人で、メキシコ・オアハカへ旅へ行ってきました。

一見すると、ただの女子旅に見えるかもしれません。

でも、私にとってこの旅は、観光を楽しむためだけの旅行ではありませんでした。

シングルマザーとして息子を一番に生きてきた私が、自分の人生にも一歩踏み出すための、大きな決断でもあったのです。

この記事では旅の中で感じたことや、出発までの葛藤、そして人生の節目に見つけた景色を、ありのままに綴っていきたいと思います。

目次

オアハカ旅行のきっかけ

私たち3人は、それぞれ仕事や家庭があり、みんな忙しい毎日を送っています。3人そろって会えるのは、年に一回、多くて二回!

だから、3月に久しぶりに予定を合わせて集まれることになった時は、それだけでめっちゃ嬉しい出来事でした。

場所は、もうすぐ50歳の誕生日を迎える友人の家。

「せっかくだからブランチしよう。」そんな何気ない約束の日でした。

実はこの日、私ともう一人の友人には小さな秘密がありました。

約束の日の、数日後に50歳の誕生日を迎える友人のために、ケーキとプレゼント、そして大きな「50」のバルーンを用意して、サプライズでお祝いすることにしていたんです。

サプライズは大大成功!大人になってからも、お互いの人生の節目を一緒に喜び合える友人がいる。それだけで、とても幸せな時間でした。久しぶりに会えた私たちは話が止まりません。

あっという間に時間が過ぎ、いつものように笑っていた、その時です。

「そういえばね……」離婚が成立した友人が、ふと話し始めました。

「オアハカに家を持っている友達がいて、『自由に使っていいよ』って言ってくれてるんだけど。」

少し間を置いて、「3人で行ってみる?」「一緒に行こうよーー!」って

「行こう!」その場にいた3人の気持ちは、ほとんど同じでした。

「いつにする?」「この日なら休み取れるよ。」

そんなふうに、気づけば3人のスケジュールを合わせ始めていました。

でも、私だけは心のどこかで引っかかっていました。

「本当に行けるかな……。」

息子を家に残して旅に出る決断

友人2人は、その場で「行こう!」と話が進んでいってんけどね。

私ももちろん、心の中では「行きたい!」という気持ちでいっぱいでした。

でも、その場ですぐに返事をすることはできなかったんです。

私が一番悩んでいたのは、17歳の息子を家に残して海外へ行くこと。

毎年一緒に日本へ一時帰国し、メキシコやハワイにも旅行しました。

海を見に出かけたり、毎年温泉へ泊まりに行ったり。

「今しかない親子の時間を大切にしたい。」いろんな景色を見せてあげたいそんな思いで、一つひとつ思い出を積み重ねてきました。振り返ると、私の人生はずっと息子中心やったなって思います。

だから今回、初めて息子を一人置いて海外へ行くことには、大きな迷いがありました。

同じように子育てをしてきた人なら、この気持ち、少し分かってもらえるかもしれません。

子どもが大きくなっても、「自分だけ楽しんでいいんかな」って、どこかで思ってしまうんですよね。

その気持ちは、友人2人にも正直に話しました。

「息子を一人にすることだけが、どうしても引っかかる。」「何かあってもすぐ帰れへんし・・」

すると2人は、迷っている私を急かすことはありませんでした。

「ゆみちゃんの息子なら大丈夫。」「〇〇やったら心配いらんよ!」その一言が、今でも心に残っています。

息子のことも、私の性格も知ってくれている友人だからこその一言でした

それでも私は、すぐには決められへんかってん。

息子と何度も話をして、留守中のことを一つひとつ確認しました。

悩みに悩んだ末、自分にYESを出しました。

でも決めた後もね、不安がなくなったわけではありません。

出発の日が近づくたびに、「本当に行ってもいいのかな」そんな気持ちは何度も頭をよぎりました。

実はその頃、息子は免許を取ったその日に事故を起こし、買ったばかりの車が廃車になったばかりでした。(この話はまた別の記事でお話しようかな)

幸い大きなけがはありませんでしたが、その出来事もあり、私の迷いは最後まで消えることはありませんでした。

だからこそ私は、「大丈夫。」ではなく、「大丈夫にするためにできることをしよう。」

そう思って、息子と一つずつ約束を決めていくことにしました。

その約束が、私に安心して旅立つ勇気をくれたんです。

安心して旅立つために決めた約束

旅に行くことを決めてから、息子とは何度も話をしました。

「大丈夫。」と思い込んで出発したかったわけではありません。

「大丈夫にするために、できる準備をしよう。」

それが、私たち親子が出した答えでした。

まず約束したのは、毎日FaceTimeをすること。

声だけじゃなく、お互いの顔を見て「今日も元気やね。」と確認できるだけで、安心できると思ったからです。

それから、戸締まりや火の元の確認。ゴミ出し。

門限はいつも通り夜9時30分。

そして、「誰も家に入れないこと。」

事故のこともあったので、車には乗らないことも約束しました。

一番心配やったのは、「もし何かあっても、私はすぐ帰れへん。」ということ。

だから、私の代わりに最初に連絡してほしい友人を一人決め、そのほかにも頼れる人の連絡先を3人分、息子に渡しておきました。

「困った時は、一人で何とかしようとせんでいい。」それだけは何度も伝えました。

食事の準備もしました。

息子が好きなカレーを作り置きして、冷凍庫には何が入っているのか、一つずつ説明しました。

今思えば、どれも特別なことではありません。

でも、一つずつ準備をして、一つずつ約束を決めていくことで、少しずつ私の不安は安心へと変わっていきました。

同じように、子どもを残して出かけることに迷っているお母さんがいたら、「心配しないこと」ではなく、「安心できる準備をすること」が、自分の背中を押してくれることもあるんやなと、私はこの旅で感じました。

そして今振り返ると、この旅は私が子離れするためだけの時間ではなかったように思います。

息子にとっても、自分で考え、自分で生活する時間。

親も子も、少しずつ自立していく。そんな一歩になった旅だったのかもしれません。

オレゴンからメキシコ・オアハカへ出発

いよいよ出発の日。

私と離婚した友人は同じ飛行機で、オレゴンからオアハカへ向かいました。

一方、もう一人の友人は、スタンバイチケットを利用していたため、別の経由地からメキシコシティで合流しました、合流はできたものの、その日はサッカーのワールドカップの試合と重なり、オアハカ行きの便に空席がなく、飛行機に乗ることができませんでした。

「今日はメキシコシティで一泊に決定!」

私たちも、「了解!オアハカで待ってるね!」と返事をして、それぞれの時間を過ごすことにしました。

きっと昔の私なら、「大丈夫かな。」「一人で心細くないかな。」

そんなふうに必要以上に心配していたかもしれません。

でも、彼女なら大丈夫。そう思えたのは、お互いのことを信頼していたからです。

今振り返ると、この旅が心地よかった理由の一つは、3人とも精神的自立していたことなのかもしれません。

誰かに決めてもらうのではなく、自分で考え、自分で判断する。

困った時は助けを求めるけれど、自分の人生の責任は自分で持つ。

そんな距離感が、私たちには自然とありました。

だからこそ、予定どおりにいかない出来事も、「じゃあ、また明日ね。」と受け止めることができたんだと思います。

この時はまだ、この旅でどんな出来事が待っているのか、私たちは誰一人知る由もありませんでした。

不安を抱えながらも、一歩踏み出した先にあった景色

夜10時を過ぎ、私たちはようやくオアハカに到着しました。

空港で待っていてくれたのは、友人の家を管理してくれている現地のメキシコ人家族。

初めて会う人たちでしたが、温かく迎えてくれました。スペイン語が話せない私たちと、英語が話せない彼らとの会話は、翻訳機をフルに活用していきました。

ただ、夜だったこともあり、まだオアハカの街並みを見ることはできませんでした。

その時に印象に残ったのは、きれいな景色よりも、むしろそこに向かうまでの道。

道路の凸凹。激しい渋滞。日本とは全く違う運転。舞い上がる埃。

「本当にメキシコに来たんやな。」

そんなことを感じながら、車の窓から外を眺めていました。

翌朝は、メキシコシティで一泊した友人を空港へ迎えに行き、3人がようやく揃いました。

そして、そのまま予約していたフードツアーへ。

セントラルのカフェを出発地点に、私たちのオアハカ旅が本格的に始まりました。

振り返れば、この旅を決めるまで私は何度も迷いました。

17歳の息子を残して行っていいのか。

母親なのに、自分のための時間を持っていいのか。

最後まで不安が消えたわけではありません。

だからこそ、不安を見ないふりをするのではなく、息子と一緒に一つずつ準備をしました。

我が家で決めた約束は、

・毎日のFaceTime
・戸締まりと火の元の確認
・門限
・緊急連絡先の共有
・誰も家に入れないこと
・車を運転しないこと

「不安がなくなってから行く」のではなく、「不安と向き合う準備をして行く」。

それが、私なりにたどり着いた答えでした。

でも、あの時勇気を出して一歩踏み出したからこそ、見ることができた景色がありました。

子育てが終わったから人生が始まるのではなく、

子どもを大切に育ててきた時間があるからこそ、これからの自分の人生も大切にできる。

私は今回の旅を通して、そんなことを感じました。

還暦を迎えた私でも、新しい挑戦はできる。

人生は何歳からでも、自分で選び直すことができる。

この旅の始まりは、そんな大切な一歩になりました。

そしてここから始まるオアハカでの数日間は、私にとって忘れられない時間になっていきます。

まとめ

今回はここまで。

次の記事では、いよいよオアハカの街へ。

3人で参加したフードツアーや、そこで出会った文化、人、そして想像以上だったオアハカの魅力について書いていきます。

子育ても暮らしも、その時になって初めて「どうしよう」って思うことが多いと思うねん。

今は必要なくても、「あ、そういえばこんな記事あったな」って思い出してもらえたら嬉しいです。そんなときには、また覗きにきてください。

最後までお付き合いいただきありがとうございました。

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